ハナイキロク「ハトの豆鉄砲」

地球社会の世相万般をタテ、ヨコ、ナナメから取り上げます

2009-11

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満州、兵どもが夢の跡

《エッセイ 0906》                  ハナイ キロク

◆◆昨年秋、中国東北部、昔の満州を訪ねた。満州が日本の生命線ともてはやされたころ、私はまだ小学生だった。そのころ聞いた「赤い夕日の満州」の歌声がいまだに耳にこびりついている。中国旅行は三度目。今回は観光と同時に、日本の膨張主義者たちの抱いた夢の跡を確かめたい、との思いが発端だった。

◆◆大連空港へ着いて、まず案内されたのが水師営。一九〇五年一月、日露両軍代表が旅順開城規約に調印した場所だ。調印に使った建物は、劉さんという農家の所有物。復元されたにしては、粗末な平屋だった。壁に、乃木、ステッセル両将軍を中心にした記念写真がはってなければ、何の変哲もないあばら家だ。庭に、歌にある棗(なつめ)の木が植えられていた。植え替えられて3代目ということだった。

◆◆そこから一〇分ほど、車に乗ったところに二〇三高地があった。標高二〇三メートルというのが名前の由来だとか。ここから、旅順港を一望でき、停泊中のロシア艦隊を砲撃するのに絶好の要所とあって、乃木将軍らはしゃにむに攻撃を仕掛けた。日本軍だけで、死者五〇〇〇人、負傷者七000人を出した激戦地だ。高地の中腹に乃木の次男保典が戦死した地点であることを示す標示板があった。

◆◆高地の一角に「国恥を忘るなかれ」と記した板が立っていた。現地ガイドの宗君に国恥の意味を尋ねたが「わたしの口からは言えない」と逃げた。多分、中国の領土で、日露両国が土地の奪い合いをし、それを傍観せざるをえなかったこと、を恥じているのだろう、と察した。中国にとっては不愉快極まる戦跡だが、それを観光地として保存している中国の深い思いが胸に響いた。韓国では、旧朝鮮総督府の建物を、植民地支配の遺物として、嫌悪し、破壊したと、というのと対照的だ。宗君が、バスの中で、芭蕉の句「夏草や兵どもが夢の跡」を詠んでみせた。二〇三高地には、まさにぴったりの句、だと思った。

◆◆大連市内では、旧南満州鉄道株式会社(満鉄)の本社を見学した。初代総裁後藤新平の写真が飾ってある総裁室に入って、歴代総裁が愛用した椅子にすわると、日本の大陸進出の先がけとなった彼らの気持ちがしのばれて切ない気がした。その満鉄自慢の特急列車アジア号は、近くの組み立て工場の中にひっそり保存されていた。昔、少年雑誌のグラビア写真で見た通り、スマートな流線型の雄姿。直径二メートルの巨大な動輪を直に見て目を見張った。これ一台を見るための入場料が五〇元(約八五〇円)。瀋陽故宮の入場料より高いと聞いてびっくりした。それだけ日本人観光客の人気が高い、ということらしい。彼らの関心が、植民地時代をただ懐かしむだけでないことを祈った。
[俳句誌“百花”113号に掲載]

「北方領土」解決の早道は二国間関係の発展

駐日ロシア連邦大使 ミハイル・M・ベールイ氏
《大使に聞く  0902》                       聞き手 ハナイ キロク

ロシアは日本の45倍、米国の2倍近い広大な領土を持つ。大国ロシアと小国日本の関係に深く突き刺さったトゲが北方四島返還問題だ。「両国の交流発展こそ解決に導くカギ」と説く大使。最後に、カメラを向けると背広のえりに光る“FEC”バッジを指して、よく見えるように撮って、と微笑した。
――大使は日本の前にシンガポール、インドネシア両国の大使も経験しておられます。気候的には、どこの国が一番気に入られましたか。
大使 ロシアのことわざに「悪い天気は存在しない。人がそれぞれに備えないのが問題だ」というのがあります。日本の冬は、晴れの日が多く、気温もそう寒くない。かなり良い方だと思います。
この機会に、FECのみなさんの長年にわたるロシア・日本2国間関係への協力に感謝の意を表したい。みなさんによろしくお伝えください。
――北方四島の帰属問題は、日ソ間の平和条約締結に障害となってきました。この問題の解決を促進するために、日本政府に何を望みますか。
大使 四島問題は第2次世界大戦から歴史の遺産として受け継いだもの。解決策は、一方が他方に何を求めるか、ではなく両国の世論、議会が受け入れ可能なものでなければなりません。二国間関係が発展するほど解決が早まるでしょう。
――冷戦時代は、北方領土を日本に返した場合、そこに米軍基地が置かれる、という懸念がロシア側にあった、と言われます。冷戦解消の今日では、この面からの懸念はなくなった、と言えるでしょうか。
大使 わたしたちは、今米国を冷戦時代のようにライバルとはみていない。米国と協力関係を築こうとしています。米ロの関心が合致する問題は非常に多い。四島に米国が基地を置く可能性は今存在する条件ではありえないこと。ただ、一般的に言えば、どの国も自国の国境近くに外国が軍事基地を置く計画をしていたら、脅威を抱くのではないですか。たとえば、米国が、ポーランドに迎撃ミサイルを配備したり、チェコにレーダーを設置することです。ロシアに対する計画ではない、と聞かされても軍関係者や一般市民は納得できません。
ーー近年、日米安保条約に基づいて米軍が横須賀に原子力空母を配備したり、日本海にイージス艦を遊弋させるなど、日本列島周辺の軍事力を強化しています。どう思いますか。
大使 国々が同盟を結ぶのは、主権の問題です。しかし、軍事同盟は世界が二つの敵対的陣営に区分された時代から残されたもの。つまり、主に、イデオロギー的観点から結ばれました。冷戦終了後は違うアプローチで安全性を確保することが課題になっている。安全保障制度は、自国の安保が他国の安保を妨げない形を取るべきではないでしょうか。新条件下の安保は多国間安保であるべきだと思います。
ただし、日ロ関係は良好であり、原子力空母やイージス艦はロシアから脅威を感じていることと関係ないと思います。
――ロシアはウクライナやグルジアのNATO(北大西洋条約機構)加盟に反対しています。いっそ貴国自体がNATOに入ったらどうでしょうか。
大使 NATOがどういう目的でつくられたかははっきり知られている。軍事政治的な同盟です。NATOは新しい国際情勢に応じて、根本的に改革する必要性が大きくなっている。NATOをロシアの国境にどんどん近づけていくのは、ロシアにとって好ましくない。ロシアがNATOに加入する必要性はみられません。だが、NATOと協力できる分野は多い。たとえば、アフガンでのテロとの戦いで、NATOの薬品などの貨物を輸送するのに協力していることです。
――グルジアとの武力衝突にからんで、米ロの新冷戦か?との憶測が流れています。
大使 昨年8月の衝突を利用して冷戦のような動きを拡大する意向を持つ人物もいたかもしれません。だが、南オセチアにグルジアが初めに攻撃した証拠が現れるほど、ロシアの正当性が明らかになりました。ロシアは自国民とオセチアの国民をできる限り救助することだけを考えていた。昨年8月のできごとは、欧州規模の新安全保障制度が必要なことを示している。こういう新安保制度がつくられれば、グルジアのサーカシヴィリ大統領のように既存の合意にかかわらず、危ない行動を起こす危険性が減るのではないでしょうか。今のロシアには冷戦再開の考えはありません。
――昨年来の世界的経済危機は貴国の高い経済成長にブレーキをかけることになりませんか。
大使 ロシアは国際危機の震源地ではないのに、大きな影響を受けました。この10年、GNP成長率は相当高かったが、危機の影響で減ると思う。だが、その影響で、わが国の経済構造がより健全なものになる可能性もある。資源開発中心の経済構造から高い技術を利用した構造に改めることができる。自動車産業はその一つ。この分野で日ロ協力の余地が大きいと考えます。
――ロシアは1991年のソビエト連邦解体を機に、社会主義から資本主義へ全面的に転換しつつある、とみてよいでしょうか。社会主義のよい点は残そうとしているのですか。
大使 もちろんソ連崩壊により市場経済への転換が実施された、と言える。社会主義モデルでは生き残れなかったからです。だが、最近は一連の国々で、銀行産業をめぐって、改めて政府をある形で導入する動きがみられる。プーチン首相は、先のダボス会議での演説で「ある国で見られる政府の管理、国有化の傾向は危ないことだ」と述べています。社会主義のいい面は、主に社会福祉です。いま多くの国で年金など社会福祉、教育に社会主義の原則が見られる。いまのロシアでも社会主義の経験から学ぶことが多い。ソ連時代の小中高校の制度は、自立的な生活を身につけさせる点でよかった。
――ロシアは日本の隣国ですが、米国と日本の関係に比べると、政治的、経済的に遠いように見えます。
大使 わたしとしては、政治的経済的に遠い、という考えに賛成できません。たとえば、両国の国際問題のアプローチは、近いか、合致することがとても多い。省庁間の交流も、この10年で、協力、交流しない分野が存在しなくなるほど拡大した。この3―5年間で、貿易高は年50—55%の率で増えている。両国は時間とともに近づいている。双方は共存を目指して、平和友好を保ちながらさまざまな努力を続けています。
[このインタビュー記事は民間外交推進協会機関紙の2009年2月号に載っています]


平和維持軍派遣はNATOの責任

駐日スロヴェニア大使 M. スケンデル氏
《大使に聞く  0903 》                 聞き手 ハナイ キロク
スロヴェニア共和国はユーゴスラビア連邦共和国の旧構成国の中で唯一EU(欧州連合)に仲間入りを許されている優等生。四国とほぼ同じ面積の小国だが、国際会議地、避暑地として有名。大使と日本のかかわりは深く、ビジネスマン時代の1990年から。国営放送局勤務のモイツァ夫人も時々、東京発の情報を本国に送っているとか。
――わたしは、1996年と97年のボスニア選挙に国際監視団の1員として参加、ユーゴ連邦分裂の傷跡の大きさに衝撃を受けました。スロヴェニアもボスニアと同じ経験をしていますが、たった10日間の戦争で決着しました。なぜでしょう。
大使 スロヴェニア人が人口の過半数90%弱を占めていたことが一因でしょう。イタリア人やハンガリー人、セルビア人、クロアチア人もいますが、少数です。
ーー敵だったユーゴ連邦軍の構成は。
大使 各民族が加わっていましたが、大多数はセルビア人でした。司令官もです。戦争によるスロベニア人の犠牲者は32人だけですみました。
――ユーゴ連邦加盟の6カ国が分裂したのは何が原因でしょう。
大使 ユーゴ連邦は第一次世界大戦後、人工的につくられたものです。社会主義を核に異なった国々が統合されたのです。しかし、ソ連、東欧諸国の社会主義制度崩壊で、ベオグラードにある中央政府が支配する意味もなくなった。それで各国が独立を決めたのです。
――バルカン半島は昔から世界の火薬庫と言われます。いまもコソボ紛争がくすぶり、ボスニアも選挙のたびに国際監視団の参加を要請しています。半島を平和にするにはどうするのが一番いいと思いますか。
大使 1つのそして最終的な解決はEU(欧州連合)に入ることでしょう。わが国はユーゴ連邦諸国の中で、一番早くEUに入りました。欧州諸国はかつて多くの戦争をしましたが、今は共通の通貨を持ち、平和に共生しています。EUも連邦のようなものと言えますが、民主的で、各国の文化、独自性を維持できるところが違います。
――1998年にスロヴェニア地雷基金(ITF)が設立された狙いは。
大使 スロヴェニアが提唱してできた組織で、地雷除去の資金を集めています。日本も100万ドルほど拠出してくれました。地雷は戦争が残した難問の一つです。主として、ボスニア、クロアチアなどバルカン半島地域の地雷一掃を支援するのが目的です。
――スロヴェニアは人口200万人の小国ですが、コソボ、ボスニアなど多くの国に平和維持の要員を送っています。なぜでしょう。
大使 NATO(北大西洋条約機構)加盟国として、平和維持軍を出す国際責任があるからです。目下、コソボに366人、アフガニスタンに71人、ボスニアに37人、チャドに15人、シリアに2人、イラクに2人を派遣しています。高くつくけれど、わが国は国際活動に積極的です。
――現在、貴国は資本主義国といってよいですか。
大使 そうです。市場経済の国になりました。われわれはEUの諸国と同じ制度を持ちます。しかし、社会主義的要素も強く残っています。無料の医療、退職年金、無償教育などです。社会保障制度では、北欧諸国が最高でしょう。われわれは北欧を目標にしています。
――貴国は、2004年にEUとNATOに加盟を実現、2007年にユーロ(欧州単一通貨)にも参加しました。ずいぶん順調ですね。
大使 われわれが難しい条件を満たしたからです。EUに入るのは容易ではありません。環境保護の立法などいろいろの宿題を課されます。特に、ユーロ加入の条件は厳しい。候補になってから、2年間の移行期間があって、インフレや財政状況をチェックされる。今度の金融危機で、ユーロという金融グループに属する価値が分りました。多くの国が苦しんでいますが、われわれは結束しているので、強いです。
ーー今回の危機がスロヴェニア経済にもたらした影響はどうですか。
大使 金融危機の影響はそんなに受けていないが、GDP(国内総生産)の70%を占める輸出が減り始めて、景気後退中です。日本と似た状態と言ってよいでしょう。
――日本との経済関係は。
大使――日本から自動車の輸入が多く、貿易は入超ですが、日本人観光客が昨年5万人と急増、活況を呈しています。リュブリャナと成田間に昨年から直行のチャーター便が就航したのが大きい。
今や欧州旅行の人気スポットです。駐日大使になる前、実業畑にいた経験も生かして、日本との経済交流拡大に努めています。
[このインタビュー記事は民間外交推進協会機関紙の2009年3月号に載っています]

納得できないグアム移転協定

《ジャパンタイムズ 時評 日本語版 0903》
                                  ハナイ キロク

◆◆発足早々、オバマ政権が打ち出した対日重視は、政権交代近しの憶測に翻ろうされていた麻生政権を喜ばせた。クリントン米国務長官は初の海外訪問先として2月中旬に日本を訪問、続いて下旬にはオバマ大統領がホワイトハウスに迎える初の外国首脳として麻生首相を招いた。しかし、これが末期的症状を呈してきた麻生政権を浮揚する効果があった、とは思えない。成果として残ったのは、クリントン長官が中曽根外相と調印した沖縄駐留海兵隊のグアム移転協定だけだ。協定承認案は今月25日以降に衆院で審議に入るが、民主党など野党がこぞって反対しているので今国会最大の争点になりそうだ。

◆◆協定には、2006年に合意した在日米軍再編に関する最終報告(ロードマップ)の確認と海兵隊のグアム移転のための日本政府の資金拠出が盛り込まれている。
日米政府の思惑は、外国との協定は衆院の議決だけで成立するので、与党が3分の2を占める現国会で可決しておけば、たとえ、選挙で過半数を失うことがあっても次期政権を拘束できる、ということにあるようだ。

◆◆しかし、日米政府の合意の後も、普天間代替基地をめぐる政府の地元説得工作は難航している。稲嶺恵一前沖縄県知事はV字型滑走路を容認したわけではない、と主張し続け、稲嶺氏の後継者として06年末就任した仲井真弘多知事も、「現行のままでは賛成できない」として前知事と同じく、沖合へ移動するよう修正を求めている。改選後、野党が多数を占めた沖縄県議会は昨年7月、名護市辺野古沿岸域への新基地建設に反対する意見書を可決した。協定はこうした地元の反対を封じ込めよう、と狙っていることは明らかだ。前文で、地域社会の負担を軽減し、同盟関係に対する国民の支持を高める基礎を提供する、と意義づけているが、空々しく聞こえる。

◆◆外交は政府の専権事項とされているが、協定に書き込まれた米軍基地再編は、沖縄県民の生活環境に重大な変更を伴うものだから、県議会や知事の反対を無視して強行すべきものではない。
協定は海兵隊グアム移転費を総額102億7000万ドル、とし、日本の資金提供額を60億9000万ドルと明記している。米国の領土での基地建設に、なぜ日本が60%もの費用を負担するのか、国内に大きな論議を呼んだが、なお明確な理由付けがされてない。しかも、費用全体の見積もり根拠が依然不透明である。米国に水増し請求され、実質的に米国の負担がゼロになった、などという結果にならぬように願いたい

◆◆ 米国は駐留軍の経費に関し、すでに大きな借金がある。これまでに確定している米軍爆音訴訟の損害賠償額124億6千万円だ。日米地位協定では公務中の米軍による損害について日米で分担する、と定めているが、米国は一切支払いに応じない。日本側が米国負担分を立て替えたままだ。グアム移転費のような巨額の新規資金負担に応ずる前に、爆音訴訟賠償金の未払い問題にケリをつけるべきだ

◆◆日本政府も、自国の民間人の戦後処理費用は出し惜しんできた。米軍機による都市無差別爆撃の被災者らの補償に戦後60年手をつけず、近年東京、大阪の空襲被災者から謝罪と賠償を求めて訴えられた。米軍が本国へ引越すカネまで出すぐらいなら、空襲被災者にまず補償すべきだ。

◆◆日米首脳は口を開けば日米同盟の強化を語るが、その中身には大きなズレがる。1月に行われたお別れ会見で、シェーファー駐日大使は、米国が望む対等な同盟の前提として「集団的自衛権の解釈を見直す必要がある」、と述べた。つまり米軍と共に“戦える自衛隊”を望んでいるわけだ。これに対し、日本では対等な同盟を言う場合、米軍基地への日本の環境基準の適用など地位協定上の対等を意味することが多い。「米国の極東におけるプレゼンスは第7艦隊で十分」と二月に発言した小沢民主党代表も日米同盟対等論者だが、日本の常識に挑戦する主張として政界に物議をかもした。日米同盟のきっかけとなった安全保障条約は来年50周年を迎える。この節目に、ソ連崩壊、冷戦解消の新情勢に照らして日米軍事協力のあり方を再検討すべきである。

◆◆年内に予定される選挙で自公両党が3分の2の多数を失うことは確実視され、未曾有の政局激動の到来が予想される。海兵隊のグアム移転を中心とする在日米軍の再編は政権の帰すうが決まってから、できれば日米安保条約を再検討してから協定化すべきだった。政局不安定下、どさくさまぎれに処理する軽い問題ではない。クリントン長官の来日による協定調印は、米国の在日基地使用の既得権益確保をねらったものとしか思えず、オバマ政権に好戦的なブッシュ政権との訣別を期待していた日本の良識派を失望させたのは疑いない。                  
[この時評の英語版は2009年3月23日付のジャパンタイムズ・オピニオン欄に掲載されています]

労働者不在の労働政策

《ジャパンタイムズ 時評 日本語版 0902》
                           ハナイ  キロク
◆◆100年に1度の経済危機がじわじわと日本経済を蝕み始めている。それが最も先鋭な形で現れているのが、派遣切りに象徴される失業者の急増だ。12月の完全失業率は4.4%。前月を0.5%上回る。この悪化幅は過去最大だ。厚生労働省の発表によると、昨年10月から、今年3月までに失職する非正社員は全国で12万4802人にのぼる見込み。派遣、請負会社でつくる業界団体は3月末までに40万人が失業する、と試算する。
年末から年初にかけて東京日比谷公園に失業者収容のテントを並べた年越し派遣村が設営され、宿所のあてのない500人が詰め掛けた。予想外の殺到振りに厚労省の講堂まで一時開放される騒ぎだった。

◆◆これまでも不況のたびに、失業者の増加がみられたが、今回のように社会的大問題になったのは初めてだ。その背景には、簡単に解雇され、低賃金で蓄えが少なく、解雇即生活困窮者となる非正規労働者の激増がある。労働経済白書によると、サービス産業では非正規労働者の割合が24.6%(92年)から、39.3%(07年)に拡大、製造業では、17.7%から22.9%に拡大した。特に、製造業の場合は、解雇と同時に社員寮を追い出される例が多いので、混乱を大きくしている。

◆◆過去の不況では、企業はもっぱら従業員の配置転換、新規採用の抑制、退職者の不補充、一時帰休などで対処し、大量解雇が問題になることは少なかった。今回の不況では、トヨタ銀行と称されるほど蓄積の多いトヨタ自動車が早々と不正規従業員の解雇を宣言し、他の自動車メーカーや電機メーカーなどがなだれを打ったように追随した。経営陣は、製品需要の減退に対する措置で、株主に対する責任を果たすためにもやむをえないとしている。

◆◆しかし、非正規労働者は社会保障制度によるセイフティーネットが十分でない。労働時間が正社員の4分の3未満の労働者には、健康保険、厚生年金などへの加入が義務付けられていない。週労働時間が20時間未満、または1年以上の雇用見込みがない労働者には雇用保険が適用されない。最後の拠りどころとしての生活保護の窓口も30—50代の労働者には事実上閉ざされてきた。このように不完全なセイフティーネットのまま、労働者派遣制度の自由化を推進したのは、明らかに労働政策の失敗である。連合は原則、すべての雇用労働者に雇用保険、健康保険、厚生年金制度を適用するよう、主張しているが当然だ。 

◆◆産業界そろっての大量解雇は消費者の購買意欲を冷やし不況を増幅した感がある。12月の鉱工業生産指数、10-12月期の機械受注統計(船舶・電力を除く民需)は比較可能なデータでいずれも前月比、前期比が過去最大の下げ幅を記録、景気崩落現象を呈している。企業の多くは、人員整理の第2弾として、正規労働者の解雇にも着手し始めた。

◆◆一方、失業対策として近頃またもやワークシェアリング実施論が台頭してきた。
石油危機や円高不況など不況のたびにワークシェアリング導入が議論されてきた。だが、 日本では、同一労働同一賃金ではないこと、労働時間の管理があいまいであること、労働組合に賃下げに対する抵抗が強いことなどから、本格的な普及にいたらなかった。

◆◆ワークシェアリング実施の前に、労働基準法違反である賃金を払わないサービス残業を厳罰にし、50%に満たない有給休暇の取得率を高めることだ。過労死や過労自殺が流行語になるような労働環境をまず改めなければならない。厚生労働省が違法状態を厳しく監視する、とともに労働組合もせっかくの自分たちの権利を守るため過剰な労使協調主義から踏み出すべきだ。

◆◆近年の日本の労働法の改正には、派遣制導入など米国経営者の要望が強く反映されている。在日米国商工会議所(ACCJ)が2006年に発行したBusiness White Paperによると、雇用者の妥当な経営判断に基づく解雇や人員削減を許可する、ホワイトカラーを労働基準法の超過勤務規定の適用から除外する、派遣社員の直接雇用を特定条件化で企業に義務付ける規定の撤廃、派遣期間の制限の撤廃、自由裁量制度を拡充する、などを日本政府に勧告している。しかし、労働者に有利な米国の労働慣行には全く触れていない。たとえば、レイオフは勤続年数の短い者から、再雇用は勤続年数の長い者から。配置転換はしない、という日本の中高年労働者にはうらやましい原則である。

◆◆オバマ米大統領は就任直後、企業内の労働組合活動を支援する大統領令を出すなど前政権の企業寄りの労働政策を転換する方針を打ち出した。日本政府も、米財界の要望にばかり応える姿勢を改めねばなるまい。
[この時評の英語版は、2009年2月23日付ジャパンタイムズ・オピニオン欄に掲載されています]

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プロフィール

Author:ハナイ キロク
###履歴
新聞記者39年
国際選挙監視6回
海外日語講師1年
大学教師3年
  +++
フルブライト奨学金研究員1年
フルブライト奨学金調査取材2ヶ月
豪州政府奨励金 調査取材1ヶ月
###現在
ジャーナリスト
ジャパンタイムズ・オピニオン欄に寄稿中
(1997年6月から)
###著書
「アメリカ大学事情」(第10回大宅壮一ノンフィクション賞候補)
「アメリカ禁煙革命」
「生きがい求めて地雷の国へ」

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