ハナイキロク「ハトの豆鉄砲」

地球社会の世相万般をタテ、ヨコ、ナナメから取り上げます

2009-06

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満州、兵どもが夢の跡

《エッセイ 0906》                  ハナイ キロク

◆◆昨年秋、中国東北部、昔の満州を訪ねた。満州が日本の生命線ともてはやされたころ、私はまだ小学生だった。そのころ聞いた「赤い夕日の満州」の歌声がいまだに耳にこびりついている。中国旅行は三度目。今回は観光と同時に、日本の膨張主義者たちの抱いた夢の跡を確かめたい、との思いが発端だった。

◆◆大連空港へ着いて、まず案内されたのが水師営。一九〇五年一月、日露両軍代表が旅順開城規約に調印した場所だ。調印に使った建物は、劉さんという農家の所有物。復元されたにしては、粗末な平屋だった。壁に、乃木、ステッセル両将軍を中心にした記念写真がはってなければ、何の変哲もないあばら家だ。庭に、歌にある棗(なつめ)の木が植えられていた。植え替えられて3代目ということだった。

◆◆そこから一〇分ほど、車に乗ったところに二〇三高地があった。標高二〇三メートルというのが名前の由来だとか。ここから、旅順港を一望でき、停泊中のロシア艦隊を砲撃するのに絶好の要所とあって、乃木将軍らはしゃにむに攻撃を仕掛けた。日本軍だけで、死者五〇〇〇人、負傷者七000人を出した激戦地だ。高地の中腹に乃木の次男保典が戦死した地点であることを示す標示板があった。

◆◆高地の一角に「国恥を忘るなかれ」と記した板が立っていた。現地ガイドの宗君に国恥の意味を尋ねたが「わたしの口からは言えない」と逃げた。多分、中国の領土で、日露両国が土地の奪い合いをし、それを傍観せざるをえなかったこと、を恥じているのだろう、と察した。中国にとっては不愉快極まる戦跡だが、それを観光地として保存している中国の深い思いが胸に響いた。韓国では、旧朝鮮総督府の建物を、植民地支配の遺物として、嫌悪し、破壊したと、というのと対照的だ。宗君が、バスの中で、芭蕉の句「夏草や兵どもが夢の跡」を詠んでみせた。二〇三高地には、まさにぴったりの句、だと思った。

◆◆大連市内では、旧南満州鉄道株式会社(満鉄)の本社を見学した。初代総裁後藤新平の写真が飾ってある総裁室に入って、歴代総裁が愛用した椅子にすわると、日本の大陸進出の先がけとなった彼らの気持ちがしのばれて切ない気がした。その満鉄自慢の特急列車アジア号は、近くの組み立て工場の中にひっそり保存されていた。昔、少年雑誌のグラビア写真で見た通り、スマートな流線型の雄姿。直径二メートルの巨大な動輪を直に見て目を見張った。これ一台を見るための入場料が五〇元(約八五〇円)。瀋陽故宮の入場料より高いと聞いてびっくりした。それだけ日本人観光客の人気が高い、ということらしい。彼らの関心が、植民地時代をただ懐かしむだけでないことを祈った。
[俳句誌“百花”113号に掲載]

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プロフィール

Author:ハナイ キロク
###履歴
新聞記者39年
国際選挙監視6回
海外日語講師1年
大学教師3年
  +++
フルブライト奨学金研究員1年
フルブライト奨学金調査取材2ヶ月
豪州政府奨励金 調査取材1ヶ月
###現在
ジャーナリスト
ジャパンタイムズ・オピニオン欄に寄稿中
(1997年6月から)
###著書
「アメリカ大学事情」(第10回大宅壮一ノンフィクション賞候補)
「アメリカ禁煙革命」
「生きがい求めて地雷の国へ」

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